誰かにとっての後ろ向きは別の誰かの前向きかもしれない~あるフレンドさんの引退

相変わらずよくわからないタイトルになってしまいました^^;
あるフレンドさんのドラクエ引退に際して、少し思ったことがあったので書いてみたいと思います。
いつもながら長くなってしまうかもしれませんので、お時間がある時にでもお付き合いいただけると幸いです。

「神様のボート」という江國香織さんの小説があります。

「必ず戻る」という言葉を信じて、自分の元を去っていった恋人をずっと待ち続ける母親とその娘の物語です。
娘の目線からすれば、母親の人生は、過去の思い出にすがりついて現実を見ようとしない「後ろ向き」なものに思えます。
やがて娘はそんな母から離れて自立の道を歩むようになります。若い彼女からすれば当然の帰結と言えるでしょう。

けれど、実は母親は全然後ろ向きなんかじゃなかったと私は感じたんですよね。

一度出会ったら、人は人をうしなわない。
たとえばあのひとと一緒にいることはできなくても、あのひとがここにいたらと想像することはできる。あのひとがいたら何と言うか、あのひとがいたらどうするか。それだけで私はずいぶんたすけられてきた。それだけで私は勇気がわいて、ひとりでそれをすることができた。

大切な人のことを思い出すだけで「勇気がわいた」のです。
その思い出に「ずいぶんたすけられてきた」のです。
決して後ろ向きな生き方とは言えないのじゃないかなぁと思うのですね。

この間、初期からずっとドラクエ10をプレイされていたフレンドさんが引退されました。
理由は「人間関係に疲れた」からとのことです。
私は詳しい事情は存じ上げませんが、フレンドさんたちとの間で色々あったようです。
その方は、引退を表明されたときに、一部のフレンドさんから「逃げるのか」と非難されたとのことでした。
「後ろ向きな選択」とも言われたようです。
でも果たしてそれは本当に「後ろ向き」だったのでしょうか。

ひと口に引退と言っても事情はそれぞれで、たとえば環境の変化に伴ってのものだったり、単に「飽きたから」であったり、本当に色々あると思います。
でもご自身が決めて選んだことであれば、それはどのような理由であれ、「前向きな選択」だと私は思うのです。

1本の鉛筆も、横から見れば四角でも、裏を見れば丸だったりします。
そのように、見る目が違えば捉え方も様々。

冒頭の小説の主人公のように、「ある人にとっての後ろ向きは、別の誰かにとっては前向き」のこともきっとあるはずです。
物事の捉え方は様々あれど、自分の見たこと聞いたことがすべてではない
そして、すべてが見えないからこそ、自分にとって納得しがたい他人の言動も
「色々あるもんね。そんなこともあるかもね」
と捉えるようにと心がけています。
(実際にはなかなか難しいですけど。)

だからどうか、引退される人に対して「逃げる」だの「後ろ向き」だの心無い言葉はかけないでほしいのです。
誰もが、その時出来得る「最大限の良い選択」をしようとしているのだと思うのです。
それが自分にとって理解できない言動であっても、尊重することはできると思います。

そう。
引退された方も、現在進行形でドラクエ10をプレイされている方も、みんなみんな自分にとっての「前」を向いて今日を一生懸命生きているのだと思うのです。
でも同時に、前を向くために一時的に「後ろ」を向くことだってあっていいとも思います。

すこし下がって休んだり、また起き上がって前を向いて進んだり。

それぞれが、それぞれの歩幅で
好きな場所を思いのままに歩いていければいいなと思っています。

最後にもう一度

一度出会ったら、人は人をうしなわない。

だからドラクエを引退してしまっても、出会った事実はなくならないし思い出はずっと箱の中にあるのです。

うん、見送る側だって前向き。

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